愛され政次の一生【大河ドラマコラム】
Category: 時代劇 2017年8月22日大河ドラマ視聴者の皆さん、生きてますか。私は視聴後から頭痛が止まりません。
『おんな城主直虎』、来るな来るなと思いながらも、心のどこかで「はやくみたい」と思っていた、高橋一生演じる小野政次(おの・まさつぐ)の処刑回。
実際に見たらもう、虚無感がひどくて何だか頭が痛くて、言葉にならないのですが、良いものを見た時には言葉に残した方が良いと思うので、こうして書いて、ついでに公開しようというわけですが。涙がとまりませぬ。
今年の大河ドラマは、控えめに言っても高橋一生が居ないと成り立たないと思います。そんなパッションは前回「大河ドラマの高橋一生がしんどい」の記事で書いたのですが、この記事執筆後からが更にすごかった。
すごいスピードで、小野政次の魅力が大放出。なにせ「裏切ったふりをしている」ことが一番バレたくない初恋の相手・直虎(柴咲コウ)にすべて悟られてしまったのだから。
もう隠さない! ということで、時には盟友のように、時には幼馴染として、囲碁をしながら話し合う2人の姿が見られるようになりました。
基本的には主従関係として直虎を「殿」と呼び敬語を使う政次くん、しかしここぞという場面では直虎の幼名「おとわ」と呼んで語りかける。第一話から見続けた2人の間柄に思いを馳せると、涙腺に来ます。
ああ、政次くん、囲碁もできる仲に戻れてよかったねえ、とほのぼのする間もなく近づいてくるXデー…逃れられない「小野政次の処刑」という史実。
そのXデーを目前にした第32回「復活の火」では小野政次の魅力大放出がノンストップ。
今までクールぶってた彼が本心をさらけ出すシーン連発です。もう、助けてくれ。
直虎に「殿」って呼ばれて照れて鼻をすすったかと思えば、自信を無くす直虎に「あなたのような、人に慕われる領主はどこにもいない」と励ましたり。今まであんなに辛辣な台詞しか言わなかったのに…!
かと思えば「俺と一緒になってくれないか」と、影で支え続けてくれたなつ(山口紗弥加)にプロポーズ。しかも「自由奔放な直虎を何に変えても守りたいくらい好きだけど、それとは別に、そなたを手放したくはないのだ」っていう超ぶっちゃけプロポーズ。
普通に聞いたら何だこの人…って思うところだけど、今まで自分を抑え続けてきた政次が初めて人に何かを求めたシーンで、相手のなつさんもそれを受け入れる度量の大きい戦国の女性ですから、もう、無言で拍手です。
生きていくための支えは誰にだって必要だ。幸せになってくれ。どうかフラグをへし折ってくれ。
更に、今までほとんど登場してこなかった政次の家臣団までもが「殿の裏切り者の演技には内心気づいておりました。が、信頼しているので気づかぬふりをしておりました」と言う圧倒的な政次愛されっぷり。
(騙せてるのほんの一握りの人だけじゃん政次くん。思った以上にバレバレじゃん。)
大河ドラマ史上初・ヒロインが槍ドンする、血だらけの最大級ラブストーリー
そんな愛され政次のXデー、第33回「嫌われ政次の一生」。
この台本が出来上がった時、プロデューサーはかなりぐったりして、脚本の森下佳子さんは虚脱状態に、音楽担当の菅野ようこさんに至っては熱を出して10日間寝込んだそうです。これほど作り手の情熱がかけられた作品なのだから、胸を打たれないわけがない。
というわけで、ツイッターも涙の洪水でしたね。
直虎と政次が穏やかな表情で未来の井伊家について話していた前回が一変、罠に嵌められ、政次は処刑場で磔に。
逃げることもできたのに、「俺一人の首で済ますのが最も血が流れぬ」とワザと捕らえられ、「処刑は本懐」と言い切る政次。
本心は誰よりも政次を助けたいのに、彼の意図を汲み取って、「裏切り者の小野政次」と「裏切られたおんな城主」を演じる直虎。
「裏切り者」を演じながら死ぬことを選んだ政次のため、直虎は自ら彼の心臓を槍で突きます。
今までヒロインが槍で部下を殺す大河ドラマがありましたかね。いや、無いですよね。最近は死亡シーンを流さないマイルドな「ナレ死(ナレーションで死を伝える)」が多かったのに、ここにきて戦国時代感溢れる演出。今年の大河が始まる前に「どうせ女性ヒロインのほんわか時代劇でしょ」と思っててすみませんでした。
直虎はものすごい目力で「裏切り者の小野政次」への恨みごとを吐き、政次は「女しか残っておらぬ井伊に未来などない」と吐血しながら言い捨てる。
「女しか残っておらぬ井伊に未来などない」なんて言葉は、実は密かに生きている井伊家の後継・虎松(寺田心くん)の存在を敵国から隠すための台詞でしたね。最期の最期まで、井伊家を残すために裏切り者を演じながら巧妙な嘘を言う政次。どこまであんたは…!身をていしすぎ…!!
処刑前は焦点が定まらず、瞬きと目の動きが合っていないし、目の色は心なしか灰色になった政次だったけど、最愛の直虎に殺される時は柔和な笑みを一瞬浮かべました。この圧巻の演技! さすが高橋一生!!
直虎だって「裏切り者の部下を刺し殺す冷酷な女性」のように見せかけて、楽に政次に引導を渡すために心臓をひと突きですから。磔って何度も刺されて苦しみながら死ぬと言います。
なんかもう…高尚な死亡シーンすぎて…解釈がいくらでも出来るし、今までの伏線総ざらいだしで、「すごい」の一言です。
画面こそ日曜夜8時とは思えない血まみれシーンなんだけど、最期まで相手の心を慮る究極のラブシーンでした。
余韻がすごい。そして未だこの回の感想を言葉でまとめきれません。
史上の人の「もしかしたら」を見せる優しい演出
それにしても、これほどまでに「嫌われ者」が愛された大河ドラマってありますかね。ちなみに私は「今すぐ戦国に行って小野政次の助命嘆願したい」と思わなかった回は無いです。
歴史上の小野政次といえば「主を裏切ったくせに数日しか城主になれなかった愚の家老」が通説。そんな彼を「初恋の城主を守るために命がけで裏切り者を演じる」役どころにし、処刑された歴史までも「彼の心からの愛情ゆえの死」に仕立てた。
歴史の逆手を取った脚本・森下佳子氏の匠の技×名優・高橋一生の演技力が、視聴者に襲い掛かってきました。
そもそも現代に伝わっている歴史が「本当に正しい」のかは誰にもわかりません。
去年の大河ドラマ『真田丸』では不出来の後継者と見られがちだった武田勝頼が悲劇のプリンスになったし、今年は裏切り者と言われてきた小野政次が命がけの忠義者になった。ドラマだからこそできる、史上の人の「もしかしたら」を見せる優しい演出、ぐっと来ます。
(その代わりに今年は近藤殿が政次を罠にかける悪役どころになりましたが…でも、政次の首ひとつですべてを終わらせるみたいな戦国男子の気概を感じる演技と演出でした。)
しかもその演出に加えて、大河ドラマだからこそ出来る長編ドラマの伏線使いがゾッとするほど巧妙。何気ない隣国との諍いや、さらりと流された一言が、小野政次の処刑に繋がっていく。小さな点が大きな炎に燃え上がっていく様を、恐ろしくも歴史の醍醐味として見れる、大河ドラマ独自の楽しみがあります。
本当に最期まで、直虎の人生を守るために裏切り者を演じ続けた小野政次の一生。
バッドエンドのように見えるけど、腑に落ちるというか、美しくて納得感のある最期でした。
とは言え政次の退場はつらい。心にぽっかり穴が開いたような。週に一回、45分しか見てない小野政次がこんなにも日常生活に影響するなんて。恐るべし。
ちなみにですが、直虎の戒名は「妙雲院殿月船祐圓大姉(みょううんいんでんげっせんゆうえんだいし)」。
そう…偶然にも「月」が入ってるんですよ…
政次と「次は陽の下で碁を打とう」と語り合いながら見た月。太陽と月のような関係だった井伊家と小野家。
何かしらの粋な演出でまた、「秋の月」のような政次が見れたら良いなあなんて、ひっそり願っています。