ジャンプの主人公みたいな、選ばれし落語家・春風亭一之輔【落語コラム】

Category: 落語 2017年4月19日

落語好きデザイナーが、「落語のここが良いのよ面白いのよ〜」というやり場のない気持ちを、独自の視点でお届けします。

春風亭一之輔師匠が真打ち(落語界の階級制度で、真打ちになると一人前として認められます)になった時、寄席がすっごいお祝いムードだったんです。こんなにも幸せで華やかで、落語家もお客さんもニコニコした、あたたかな寄席があるんだ!と驚きました。

それもそのはず。一之輔師匠は21人抜きで真打ちになった、ド級の若手落語家なんです。
これがどんだけスゴイかって言いますと…

落語協会は毎年春と秋に、5人程度を真打ちに昇進させるんです。が、2011年はひとりも!たったのひとりも!真打ちになれなかったんです。

そして2012年の春、一之輔師匠だけが真打ちに昇進となりました。
21人もの先輩を追い越して、真打ちになりました。異例です。

当時34歳の一之輔師匠のことを、落語協会の柳家小三治会長は「久々の本物だと思った。芸に卑屈なところがない。しかも人をのんでかかっている。天与の才だ。」と褒めまくりました。
昇進を決めた落語協会も、落語ファンも、ずっと一之輔師匠の真打ち昇進を待ってました。それほど、腕前も人気も高かったのです。

この展開、ちょっとマンガの主人公みたいじゃないですか。
ルーキーがーいきなりイーストブルーの覇者を倒していく。大物揃いの新世界で、超新星と呼ばれ、大物たちに太鼓判押されてる、みたいな。

真打ちになると、お披露目の落語会が都内の4つの寄席+国立演芸場で、50日間、開催されます。
通常だと、5人程度が一気に真打ちになるので持ち回りでトリを飾ります。
※トリっていうのは、言い換えれば主役。寄席ってたくさんの落語家が次々と出てきて話すので。トリが主役なんです。

が、一之輔師匠はひとりで真打ちになりました。

つまり、50日間、一之輔師匠たったひとりのための、真打ち披露興行がおこなわれたんです。

一之輔師匠のために、寄席のオープニングでは、師匠はじめ先輩落語家が並んで挨拶口上を述べる。
トリの一之輔師匠のために、先輩落語家たちが寄席でリレーのように噺をする。
そんな一之輔師匠の姿を見ようと、お祝いしようと、ファンは集まる。
これが、50日間。

いわば一之輔師匠のための一大イベント。

だから、寄席のお祝いムードがいつもに増してすごかったのですね。皆の期待が膨れ上がった会でした。

一之輔師匠を聞くなら『初天神』から

さて、そんな一之輔師匠の落語を初めて聞くなら『初天神』がおすすめです。

一之輔師匠は主に古典落語を演じるのですが、中でも生意気な子供が出てくる噺がたまらないんですよね〜どうやら『初天神』に出てくる男の子は、ご自身の次男をモデルしてるそうです。

まずは『初天神』のストーリーをご紹介。

「何も買わない」という約束で初天神のお参りに出かけたお父さんと息子の金坊。

始めはおとなしかった金坊…徐々に飴を買って、団子を買ってとねだり出します。しかも、大人顔負けの理屈をこねるわ、大声で父親のことを「この人、人さらいです!」と言って泣きわめくわ。とにかくずる賢い。

さてさてお父さんは金坊に勝てるのかな?

っていう噺です。

「お父っつぁん、今日あたい、大人しくしてる良い子でしょ?」
「ああ、いつもこう良い子だといいな」
「うん、良い子にしてたから、あのさ、飴、買ってえ?」

なんて甘えた声、たまらんですね。ムカつくけどかわいい。笑
そして怒られると
「お父っつぁん、ここで買わないと…コトですぜぃ…」
なんて親に向かって凄む。

「うえ~ん…て泣くと思ったら、大間違いだぞこの野郎!」とドスきかせる様子なんて、腹が立ってくる(いい意味で)。

父親を言い負かして、結局お団子を買ってもらうことになると、その一部始終を見ていた団子屋の主人が「坊っちゃん、グッジョブ」なんて言ったり。

一之輔師匠オリジナルの台詞が、少し現代風で馴染みやすいし、毒を含んでいて笑えます。

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この『初天神』、NHKの『落語 THE MOVIE』っていう番組でも披露されたんだけど、すごくよかった。
この番組、落語家の語りに合わせて、役者たちが口パクで演じる、よくこんな面倒くさいことやったなっていう奇跡の番組です。

『落語 THE MOVIE』では一之輔師匠が『初天神』を語り、鈴木福くんが当て振りを演じました。もう、福さまったら(思わず様付け)、小憎たらしい顔が上手いのなんの。一之輔師匠の声も、なんだか福さまに馴染んで聞こえてしまう不思議な体験でした。

脱力系落語家。見えない努力の人。

一之輔師匠って、飄々としてるモンだから、パッと見脱力系に見えるんです。
でも、2017年に放送された番組『プロフェッショナル仕事の流儀』でその印象は覆りました。

お客さんの反応を見て、落語が終わるとすぐに調整すべき点を書き出す。
「努力はお客さんに見せちゃいけない」と言いながら、移動時間も惜しんで練習する。繊細な努力家で、人にそれを見せないストイックな人でした。

そしてそんな一之輔師匠のことを、師匠である春風亭一朝師匠が子を愛でるように語っていて素敵でした。「人より練習を申し込んでくる。努力家なんだ。」って。あ〜落語家の師弟関係っていいな〜って、じんわりきました。

客の期待と自分のハードルを飛び越えるように落語に挑んでいる一之輔師匠。
今後も追っかけます!

フリーランスクリエイター。デザイン、イラスト、写真などやってます。 トダビューハイツ大家。 落語は柳家喬太郎師匠、時代劇は『江戸を斬る』『鬼平犯科帳』『清水次郎長』『一心太助』あたりが好き。
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