すべての生き方を肯定する「あさが来た」

Category: 時代劇 2019年1月29日

個人的に朝ドラで一番好きな作品が、波瑠さん主演の「あさが来た」。15分の濃度が圧倒的に濃く、テンポがいい!
毎日泣いて笑わされました。まさにその日の始まりに「今日も頑張ろう」と思える朝のドラマだった。

そして最終回へ繋がる、一話一話の積み重ねや伏線が丁寧。最終回を迎えた朝は寂しさと共に「あさが来たと半年を過ごせてよかった」と思える充実感がありました。

先日、あさが来たの脚本家・大森美香さんの講演へ行きました。その時お話しされていた内容を元に、あさが来たの魅力ポイントを振り返ろうと思います。

キャリアウーマンも、働かない男も、専業主婦も、みんな違ってみんな良い

主人公のモデル広岡浅子は「女は家の奥にいて商売のことは一切触れる必要なし」とされていた時代に、両替屋、炭鉱、銀行、大学、生命保険と世に残る仕事をバリバリにこなしたキャリアウーマンです。

この人が主人公になるからには、仕事・商売が全面に出たドラマになる…かと思いきや違かった!
働きたくない旦那さま、しきたり通り家に尽くす姉、家業とは別の職種に目覚める義兄、私を滅して一心に働く奉公人…あさの周りには色々な働き方と考え方が存在しています。そしてお互いを尊重し合っています。
その多様性が色濃く出たあたたかい作品になっていました。

大森さんは講演で

広岡浅子さんは「家で働く、外で働く、男、女…それらに関わらず働くことには勉強が必要だ」と言っている。
ご本人は外で働く実業家だったけど、家事などの仕事も大切だ、どんな生き方もアリなんだ、という彼女の考えを反映させるために、しきたり通り家に尽くす姉・ハツや、奉公人としての仕事を全うするウメのキャラクターを考えた。

とおっしゃっていました。

だから「バリバリ働くことが正義」みたいな息苦しさは一切なく、登場人物の誰かに自分を重ねたり、応援したくなる気持ちが湧き上がってくるような作品でした。

そしてバリキャリのあさが、波瑠さんの透明感によって暑苦しくならない奇跡のバランス。
義父役の近藤正臣さんが「波瑠さんは竹久夢二の絵の女性みたい」とおっしゃっていましたが、その言葉通り、娘時代の振袖姿は何度も巻き戻して見るほど華やかで、結婚後の小紋や浴衣、炭鉱での作業着姿でさえ艶とかわいらしさが両立している。半年間、眼福でした。

働かない玉木宏を筆頭に「止めない」男性陣

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このドラマの多様性の代表格が、夫・新次郎。
何と言ってもあさが来たの人気を支えたのはこの役を演じた玉木宏さん。言い切れるほどに、玉木宏。
こんなにも働かないのに視聴者の心を射止めた男がいるでしょうか!

大森さん曰く

「働かなくても視聴者に嫌われない旦那様」を想定した時に、条件に当てはまる人は玉木宏さんだと思った。
オファーを出すと「もしドラマ経験の少ない女優さんが主役になったとしても夫として支えます」と快諾してくれ、この時点でもう新次郎さんだ…!と感激した。

とのこと。

そもそもなぜ働かない旦那なのかというと

当時の粋な大阪の旦那さまは、仕事は番頭に任せていざという時に自分が出張る程度が当たり前だった。
だけど働かない旦那は現代の視聴者に受け入れられるのか…NHK側とも「物書きや暦屋など副業的なことをさせようか」と話し合ったけど、それはやめた。
なぜなら実際に広岡浅子さんと旦那さんは晩年まで仲が良かったという記録があり、彼の魅力をそのまま出してみようと思ったから。

と、史料から人物の深掘りをした結果なのだそう。

ドラマの中で新次郎は、家業が傾きかけても三味線などの遊びに繰り出し一切商売に関わらないボンボンです。視聴者にプロフェッショナル高等遊民とも呼ばれるほど。
だけどなぜか嫌味がなくて爽やかで品がある。三味線を弾きこなし着物を着こなし、あさを優しく抱きしめる仕草よ!

そしてビジュアルの良さだけでなく、中身もイケてるのが新次郎さん。

働きたいというあさを止めず応援する。
仕事で張り詰める彼女に「あんたの武器は(鉄砲のような強さではなく)この柔らかい大福餅だす」とほっぺをつまんで優しく諭してくれる賢さ。
あさの姉の行方が分からなくなった時は頼まずとも探し出してくれる察知力がある。
遊びながらも世間の旦那衆と交流を持ち、世の流れをいち早くキャッチする。
産後すぐあさが炭鉱の仕事に復帰しなければならなくなった時には「子供は任せて行きなさい」と迷わず言える器の広さ。

さらに、弟に「お義姉さんが子供置いて働いて、お兄ちゃんが世話するなんて」と言われると「親が自分のややこの世話して何が悪いんだす?それに炭鉱も千代(子供)とおんなじように大事やと言い切れるあさのそないなとこに、惚れてますのや」と惚気つきのセリフ!あ〜結婚してくれ!!

それに対して弟も、嫌な反応をするのではなく「わてには分かりまへんな〜」って笑いながら軽く答えるのが、このドラマのいいところ。
スタンスの違う相手に対して「ほ〜」ってくらいで流す、自分が間違えたらすんなりと謝る、そんな相手を受け入れるやりとりを多く見受けます。

実際に広岡浅子が活躍できたのは、このように器の大きい男性陣が周りにいたからでは、と大森さんはおっしゃっていました。

史料を見ていると夫、義父、そして跡取りになった義弟も、浅子さんを止めない人だった。
彼女の意見を「女だから」と排せず、聞き入れられる人たちだったと感じた。
そして世間で「女が働くなんて」と言われてもそれに耳を貸さないくらいの度量があった。なんなら「彼らが認める奥さんなのだから」と納得されるほどに実力のある男性陣でもあった。
男でも女でも人が輝くにはお互いを認めあうのが大切なのだと思う。

時代は違えど、生き方において大切なことは同じ。それを汲み上げる脚本力。
だから史上初・江戸から始まる朝ドラもただの時代劇にとどまらず、共感を呼ぶ作品になったのだと思います。

埋もれていた史上の人を発掘した功績

そもそも本作のモデル・広岡浅子の史料は多くありません。だけどその史料が濃い。

ドラマの中であさが、大名屋敷に泊まり込みで借金を取り立てに行くシーンや、気性の荒いと言われる炭鉱夫たちの元へ鉄砲を持って向かうシーンがあります。
なんとこれ、全て史実。だから広岡浅子は面白い。

こんな魅力的な人を発掘した「あさが来た」の功績は素晴らしいものだと思います。

ドラマを語る上で絶対に欠かせない人物・ディーンフジオカさん演じる五代友厚も、この作品で世に広まったと思います。五代は明治維新期の大阪経済界のリーダーですが、現代で一般的に知名度は高くはありませんでした。

あさと交流のあった記録はありませんが、同時期に大阪にいたことからキーパーソンとして登場させたそうです。まさかイケメンなのにルー語のごとく英語を織り交ぜ話すトンチキなキャラになるなんて…(力強い「グッバイ」と、馬で駆けつけた上に唐突に語り出す「ファーストペンギン」の話…五代様語録は数えきれない)

彼の人気はすごくて、大森さんもママ友に「五代様を死なせないで!」と言われたそうです。

そして娘・千代の親友になる吉岡里帆さん演じるノブちゃん。
モデルは日本女子大学の校長になる井上秀です。

光る丸メガネがまるでちびまるこちゃんの丸尾くんのよう…でも袴がめっちゃ似合ってるし顔も声も仕草もがかわいい…これは誰…と登場時には大変ざわつきました。吉岡里帆が世に広まった瞬間である。
井上秀だけでなく吉岡里帆も発掘してくれてありがとう。

ブレない脚本が一日の元気をくれた

そんなノブちゃん、あさが設立に関わった女子大学に入学します。最初は家業の金融業をしていたあさが大学設立という「教育」分野に関わった点に、大森さんは大きく惹かれたそう。

広岡浅子さんは常に自分に何ができるかを考えていた人で、
嫁いだ頃は「家に対して自分がなにができるか:傾いた家業の立て直し」
→晩年は「社会に対して自分がなにができるか:女子教育の普及」
と、家から外に視野が広がっていった。

明治維新のとき時流のあおりを受けてお家が潰れるかもしれないピンチを、一人の女性が救ったこと。
そして日本初・女性社員を採用する銀行を作ったこと。女子大学も作ったこと。

周囲に対して自分ができることを前向きに取り組んだ浅子さんの行動は、視聴者を明るい気持ちにしてくれるのではと考え、朝ドラにしたいと思った。

実際に広岡浅子は「家業が傾いて皆が貧乏になるより、自分が世間に謗られてでも前に出て働く方が良い」と書き残しています。
そんな浅子に対して、大森さんは史料を探す中で「女のくせに」などと言われても怒ったり立ち止まったりせず、常に自分らしさを失わない前向きさを感じたそう。

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脚本は、この「明るさ」と「あさと家族」を軸から一切ブラさず半年間を完走しました。

「九つ転び十起きや思て、負けしまへんで」とスキップするように働くあさに元気をもらい。
家族と奉公人たちとの大阪らしいボケとツッコミの場面に笑わされ。
あさの姉・ハツ(宮崎あおい)と夫の惣兵衛(柄本佑)が紆余曲折ありながらも絆の強い夫婦になっていく様子が素敵すぎて悶絶し。
奉公人ウメ(友近)と大番頭(山内圭哉)との成就しない恋に涙して。
あさと娘の親子ゲンカにハラハラして。

そしてあさと新次郎が手をつなぎ、抱きしめ、励まし合い歩く姿を見てきました。(そんな半年間を見た上で迎える最終回のシーンは涙なしには見られない!)

視聴者は、見始めて数日でもう、あさの家族になっていました。

視聴後何年経っても、あさが来たのセリフに励まされることがあります。

「よう考えてな。ようよう考えて進んだ道には必ず新しい朝がくる」

「負けたことあれへん人生やなんて、面白いことなんかあらしまへん。
勝ってばかりいてたら人の心がわからへんようになります」

「負けたらあかん、他人ではない、自分にです」

「泳ぎ続けるもんだけが時代の波に乗っていける」

セリフを作った脚本、説得力のある演技をする役者さんだけでなく、それらを映す演出も、美術も、音楽もすべてが上質で、こんな素晴らしいドラマを作ってくれてありがとうと伝えたい。
「あさが来た」は放送終了後も、私を前向きにしてくれる作品です。

フリーランスクリエイター。デザイン、イラスト、写真などやってます。 トダビューハイツ大家。 落語は柳家喬太郎師匠、時代劇は『江戸を斬る』『鬼平犯科帳』『清水次郎長』『一心太助』あたりが好き。
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