『みをつくし料理帖』は週末に心を癒やしてくれる上質な時代劇
Category: 時代劇 2017年6月29日「時代劇ってチャンバラして、この印籠が目に入らぬかって言って、皆が土下座して終わるんでしょ?」
「話のスピードが遅いんでしょ?」
…とお思いの方! 違うんですよ! 時代劇って超エンターテイメントだよ!!まいにち時代劇を見てるデザイナーが、時代劇へのパッションを綴ります。
5月からNHKで始まった『みをつくし料理帖』。何度も苦難に直面しながらも人の心を満たす料理を作り続ける主人公の奮闘劇です。
気がつけば残すところあと2回! え〜もっとやってくれ〜! 2期もやってくれ〜! なんなら朝ドラでやってー!
って思うくらい、素敵な時代劇です。ツイッターでもファンの間で盛り上がっていますよね。
何と言ってもこのドラマ、あったかいんです。癒やされるんです。見終わると、「はぁ〜来週も地面に足つけてがんばろ」って思える。
小説の実写化でここまでの再現率ってすごい
そのあったかさの源は、何と言っても主演の黒木華さん。これがまた、原作から飛び出てきたみたいに、はまり役です。原作に書かれている主人公・澪の特徴はこんな感じ。
丸顔に、鈴を張ったような双眸。ちょいと上を向いた小さな丸い鼻。下がり気味の両の眉。どちらかと言えば緊迫感のない顔で、ともに暮らす芳からも『叱り甲斐のない子』と言われている」
これ、黒木華じゃん! ってくらい、共通点があります。ナイスキャスティング!
そして黒木さんが練習したという下がり眉はもう、完璧! まさしく下がっている!
くりっと黒目の大きい、だけど目自体は大きすぎない柴犬みたいなうるうる目+下がり眉が、どうにも応援したくなる風貌。鈴のなるような声、品のある仕草も加わって、見てるだけでせわしい気持ちが浄化されていきます。
その主人公の脇を演技力バリバリ高めの俳優陣、小日向文世や森山未來、安田成美、麻生祐未、萩原聖人が固めているので、これ、面白くないわけがない。
そしてNHK時代劇らしく舞台美術も美しい。何十年も前からあるような稲荷神社の色あせ方、こぢんまりとしているけど掃除の行き届いている料理屋の佇まい、椅子を使わない文化など、こだわっているからこその情緒があります。
原作が10巻まであるので、「8回しか放送しないって大丈夫なの? アレンジしまくり?」って思っていたのですが、そこはさすがの脚本家・藤本有紀氏。すごく原作の世界を忠実にコンパクトに、伏線を丁寧につなげ再現しているのでもうバッチリ。藤本さんは朝ドラ『ちりとてちん』やTBSの『花より男子』を手掛けた方です。最近だとNHK『ちかえもん』が有名かな。
なんとしあわせで、あったかい空間!
このドラマの見どころはやっぱり、料理。湯気の立つお味噌汁や、とろとろの茶碗蒸し、俵おにぎり、七輪で温められた「ちろり」(お酒の容器)…
箸をいれる感覚、におい、食感が画面から溢れるように伝わってきます。
黒木華が真剣な表情でコトコトと丹精込めて作る真心料理は、もう、見てるだけで胃があったまる。そしてお腹が空いてくる。「今夜はひと手間かけたご飯作ろう」って思えてくる。飯テロ時代劇です。
穏やかなBGMに合わせて小日向文世がにこにこしながら「こいつはいけねぇよぅ」なんて言いながら食べる様子。「うめえなあ」と赤の他人と笑い合いながら食べる江戸っ子たち。
店じまいの後にふらっとやって来ては「おう下がり眉!」とからかいながら料理を食べ、目尻にシワを作る(←これも原作通り)森山未來。そんな彼にほんのり好意を抱くかわいい主人公。
森山未來演じる小松原が忘れた手ぬぐいを握って橋の上で物思いにふける様子、あまりに清純で「か、かわいい…」とつぶやいてしまいました。「その手ぬぐいは、やる」「本当ですか!」ってやり取りもほっこりかわいかったねえ。うんうん。
こんな、なんとしあわせで、あったかい空間!
と思いきやそれだけじゃあ終わらない。主人公の澪ちゃん、驚くほどに困難に襲われる人生を歩んでいるんです。
これが『みをつくし料理帖』がただの飯テロ時代劇ではない理由。
異文化と身分制度の中で女性が自分の道を行くということ
そもそも澪ちゃんは幼いころに大阪で洪水で親を亡くした孤独の身。
水害に襲われた町をさまよっていたところを料理の名店「天満一兆庵」(てんまいっちょうあん)の女将に助けられそのまま店の奉公人に。
天性の味覚を店主に見込まれ、板場に入って料理人としての修業を積んでいきます。
当時は女が料理人になるなんてありえない! とんでもない! 料理人は男のみ! って時代ですから、これ、大層なことなんです。
才能を認めてくれる店主のもとでの修業の日々、悲しいことに長くは続きません。
店が火事で焼けてしまい…店主、女将、澪の三人は江戸で店を構えているはずの店主の息子(若旦那)を探しにやってきます。
しかし江戸にやってきてびっくり、若旦那は吉原にいれあげて店を潰して行方不明という噂が。心労がたたって店主は亡くなり、女将も体調を崩しがちに。途方にくれていたところ、小日向文世演じる料理屋の店主・種市と知り合い、料理の腕をふるうことに…
もう、波乱万丈ですよね。ところがどっこい、ここからも苦難の連続。
働く場所は見つかったけど、「ここの店は女が料理人なのか」と揶揄されたり、大阪と江戸の食文化が違うために「汗水たらして稼いだ大事な銭で、こんな料理などごめんだ」と一切お客に受け入れられなかったり。
それでも下がり眉をぎゅーっと垂らして悩みながら、「お客さんに本当に美味しいものを」と工夫をこらした料理を作っていきます。
おかげで店は大行列が出来る人気店になったけれど、それをよく思わない他の店から嫌がらせを受けたり、料理をパクられたり、放火されたり…
「もう勘弁したってよ〜なんでそんなに困難ばっかり起こるのよ〜」ってもどかしくなっちゃう。むしろこれだけダークな事情抱えてるのに、ドラマも原作も全体的にほんわかあたたかい空気が流れているのがすごい。澪ちゃんとその周りの人たちが力強く、優しすぎる。
こうした女性が就けないと言われてきた職業を、異文化の土地でひたすらに全うする姿。人と自分を比べ落ち込む姿。
人気が出るほど周囲からの嫉妬や期待に押しつぶされる姿。
そして(ドラマよりも原作のほうがより克明に書かれているのですが)武家と町民の身分制度のために結婚の道を絶ち、料理の道を選ぶ姿。
ここまで激しいものじゃないけれど、現代だって似たような状況、たくさんあるよな〜って思います。叶えたい暮らしがあるなら自分で決めた道を見定めて、天秤のように揺れる心のやりどころや持ちようを見つけて、進むしかない。苦しいけれど。
ほんの少し、自分や周りのことに澪ちゃんを重ねながら、このドラマを見ています。
兎にも角にも『みをつくし料理帖』はほっこり料理&人情だけじゃないです。逼迫したシーンを手ぬぐいを使った立ち回りや血飛沫もありのアクションで表現してくれるから、その幅の広さも楽しめますよ。
リラックス場面と緊迫場面で緩急あるテンポの良い時間があっという間に過ぎていきます。
この完成度で長く見たい! お願いだから2期を作って! NHKさん!
そうじゃないと、相変わらず好きな相手が他の人と楽しげにしている様を哀しげに見る役が似合いすぎる永山絢斗演じる源斉先生が報われないよ!