『なぜ柳家さん喬は柳家喬太郎の師匠なのか?』弟子は俺の人生の一部と言える師匠【落語コラム】

Category: 落語 2018年10月9日 yanagiyabooks00

このお二人が好きな落語ファンなら買って損はない内容でした。

さん喬師匠提供の貴重な写真(生前の小さん師匠やその他大御所もたくさん)、お互いを描いた自画像、今まで制作したグッズ写真、特別に掲載許可をもらったらしいネタ帳。これだけでもヨダレもんです。

内容はお二人へのインタビューなんだけど、文中に「*マーク」つまり注釈がたくさんあります。何かと思って各章の終わりの解説ページをめくると、これがまた分厚い!しかもこれが、解説にとどまらない!

インタビューで出てきた話題に対して編集部が「あの落語会で言っていたことと、この発言はリンクするのかも」などと推察してるんです。結構前の落語会から最近のものまで参照されていて、相当マニアック。
ディープなオタクが推しのあれやこれやを推察しちゃう衝動行動が詰まった感じ!(褒めてます)
愛が詰まってるので読んでて楽しいです。

小さんからさん喬へ繋がる「弟子の育て方」

さん喬師匠は喬太郎師匠いわく「誠実が着物を着てる」ような人。芸も人格も出来上がった人とイメージしていましたが、文中では芸への葛藤や弟子たちへの嫉妬心も吐露していて衝撃でした。

「今はもう何を言ったって喬太郎も驚かないだろうから言いますけどね、師匠の葛藤もあるんですよ。俺がもし彼をつぶしてしまったら、落語の歴史に残る逸材を、俺が殺したことになるのかと思う。一方で、同じ噺家として情けない思いも抱えていた。極端なことを言ったら嫉妬です。」

「自分の我を弟子に対して通すことは簡単ですもの、この世界。」

喬太郎師匠は落語家になると踏ん切りをつけてさん喬師匠の元へ弟子入りするまでに3年かかってます。それほど思い悩んで来た弟子を受け入る側もすごい重圧なんだと改めて感じました。我が子同然でもあるし、ライバルでもある人を懐に入れるのだから。

そこでひとつの指針になったのは、さん喬師匠の師匠、つまり五代目小さんの育て方。

(小さん師匠は)「全否定しないんです。うちの師匠が言うのは、ただ「素直になれ」ってだけ。「人間素直が一番。素直ということは、素直にそれを取り入れられるか、られないかだからね。最初から、俺には必要ないとか、そんな考え方はおかしい。それを言ったら、そこで止まってしまう」とおっしゃっていた。」

だからさん喬師匠も弟子たちに素直に吸収していってほしい、とこんな言葉を伝えているそうです。

「俺がお前たちにやれるものは水しかない。肥やしはやれない。」

さらには「一門として繋がりが薄いのは嫌だ」といまだに弟子たちを自宅に呼びご飯を出し、一門会の話をいただいたときはプログラムやチラシ作り各所への連絡もさん喬師匠がやる、なんてエピソードも。

さん喬師匠いわく、弟子は俺の人生の一部
読んでるとこの師匠に弟子入りしたいって思っちゃう…!

「真打やめてもいいよ」と言われた

そんな師匠の元に弟子入りした喬太郎師匠。彼にもまた、深い悩みの時期がありました。

「さん喬の弟子なのに新作をやるのか」「喬太郎の新作聞きたいのに古典やるのか」と周囲からの色んな期待、プレッシャーに戸惑っていた二つ目〜真打昇進時代。

この時期、さん喬師匠から貰った言葉が紹介されていました。

「注意というか、心配してくださったことは何度もあります。真打になる前にいろんな意味合いでちょっと辛くなって、つぶれそうになったときに、師匠が言ってくれたことがあるんです。「真打やめてもいいよ」って。」

協会、ご贔屓、師匠方などなど様々な関係や面子があるだろうに「やめてもいいよ」を言える懐の深さ…!!

また、この記事でもご紹介した「落語会での公開相談」もあり、喬太郎師匠は徐々に気持ちの整理ができたそう。

「すごくシンプルなんですけど、少し最近楽になった。後世に名前なんか残らなくていもいい、名人にもならなくていい、他の人達にできないことができれば面白いという気がします。それもまた自分を苦しめるんですけどね。」

この悩める天才の芸を、彼と同時代を生きてる幸運を噛み締めながら観なければ…と強く思いました。

こういった熱いエピソードもあれば、「師匠のいないところでやるなと言われたくすぐりやネタをやってる」なんて笑える暴露話も掲載されています。

さん喬師匠から見た落語家たち

もうひとつ面白かったのが、さん喬師匠の他の落語家への観察眼。

たとえば春風亭一朝(しゅんぷうてい・いっちょう)師匠のこと。一朝師匠は、弟子を自分の友だちみたいな感覚で置いておきたい。それは(先代の)柳朝師匠もそうだったからでは、と語っています。

「子供さんがいらっしゃらなかったからということはあるけれど、一朝さんが可愛くて可愛くてしょうがなかったんだね。だからほんとに甘えさせていた。一朝さんもそれが心地よかったから、おそらくは自分のお弟子さんにもそういうふうにしてるんだろうと思いますね。」

一朝師匠のお弟子さんで有名どころといえばご存知、春風亭一之輔(いちのすけ)師匠。そんなふうに愛でて育てているのか〜と、ちょっとにやけてしまいました。

また、芸歴の長いさん喬師匠だからこそ言える古今亭志ん朝(ここんてい・しんちょう)師匠についても言及されていました。

「あの勢いと、あの間と、何とも言えない色気。そして誰にも真似できない育ちの良さ、あの育ちの良さはかなわないですよ。落語の中にその育ちの良さが出てますから。それを継承することは、至難の業です。」

さん喬師匠はあたたかくもピリッと厳しく落語家たちを見ている、と感じる発言が多々ありました。懐の深さ、思慮深さが言葉のひとつひとつに詰まっていて、本の向こうから覇王色の覇気みたいなものが伝わってくる。だからさん喬師匠の芸には引き込まれる力があるのだと思いました。
この師匠だからこそ喬太郎師匠は惚れたし、今も落語家を続けていられるのかもしれません。

柳家さん喬、喬太郎の師弟インタビュー、そしてふたりから見た落語会の話がたっぷり入った一冊でした。ファンならニヤニヤしながら読んじゃう本ですよ。

『なぜ柳家さん喬は柳家喬太郎の師匠なのか?』 徳間書店

フリーランスクリエイター。デザイン、イラスト、写真などやってます。 トダビューハイツ大家。 落語は柳家喬太郎師匠、時代劇は『江戸を斬る』『鬼平犯科帳』『清水次郎長』『一心太助』あたりが好き。
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